富士通を3年経たずして退職した話

先日、こんな記事を見かけたのでぼくも一応は富士通だったので自分の体験談を話したいと思います。

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tnaoto.hatenablog.com

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富士通入社

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富士通は富士通でもぼくは本社ではなく、関連会社でした。一般でいう、子会社のようなものです。給与・人事体系は富士通本社と全く同じとのことでした。

富士通の入社は学校推薦だったのでわりとスムーズだった気がします。3度ほど面接を重ねて合格することができました。ただ、2回目の面接で圧迫面接がありこれは落ちた、と不安な一晩を過ごしました。

最終面談では、『得意な一芸をする』か『プレゼンテーションをする』かで自分をアピールしなさいという一風変わった内容もありました。

 

富士通に入社してよかった点

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やはり給料はよかった。

同級生に比べても頭1つ抜き出てました。しかもやめる数カ月前に昇給があったときは自分の想像以上にあがり、やめていいのか?と一瞬だけ思いました。(笑)

とはいえ富士通をやめて後悔したことは一度もありません。

 

残業は1分単位で出る

サービス残業は一切なかったです。しいて言えば休憩時間に少し働いたかなくらい。サービス残業は一切なく、平均の残業時間も10時間前後でした。

ただ、先輩社員で残業100時間をかなりオーバーしていてタイムカードを押してから働いている人は数名いました。

あと、課長が悲惨であえて課長にならない人も多かったです。課長になると残業代がつかないのですがおそろしく残業がある人が多かったです

 

約800人の富士通本社の同期と新人研修

入社してすぐに千葉の幕張システムラボラトリというところで新人研修がありました。富士通本社の同期800人と大規模な新人研修が約5カ月続きました。少なくとも田舎者のぼくには大規模でした。

富士通って同期同士の結婚とかが多くて、新人研修でカップル成立も多いと聞いたので楽しみでしたが、何もありませんでした。(笑)
周りを見渡すとカップルが成立していた人はかなり多かったです。

本社の同期はギラギラしていてとても刺激的な毎日でした。毎週何かしら飲み会があったりしてとても楽しい時期でもありました。

ビジネスマナー、お金を稼ぐ考え方、グループディスカッションの方法、営業研修、様々な人たちとの出会い・・・

いい思い出ばかりです。大企業だけあって新人教育には力が入ってます。これを受けられたのは良かった。

 

希望とは違う運用部門へ本配属

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配属面談での希望は開発部門だったが、運用部門へ配属

配属面談でぼくは開発を希望しました。が、見事落選し、運用部門へ回されました。いきなり挫折を味わいました。。。

絶対ぼくが一番プログラミングできるのに、と変な自信をもっていました。

運用といえば夜に何か問題が起きたら対応しないといけないし、楽しさなんてこれっぽっちもないだろうくらいで思っていたので、最悪でした。

 

配属後は楽しかった

配属後は仕事どうこうはともかく、グループの人たちが楽しい人ばかりで本当に楽しかったです。嫌だなと思うこともありましたが、残業もほとんどなかったし幸せな毎日でした。

給料も同年代を見渡すと多い方でした。やめる直前の昇給には自分でも驚くくらいいい給料でした。(ぼく基準ですが)

 

なぜぼくが富士通をやめたのか?

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ぼくは入社から3年未満で退職しました。
退職にはいくつか理由があります。

 

富士通本社の同期に感じたギラギラ感がなかった

ぼくは富山県の富士通関連会社だったのですが、田舎の人特有の出世欲がなく安定を望む空気がぼくは耐えられませんでした。富士通本社の同期のギラギラを上を目指す空気を知ってしまったからなおさらかもしれません。

 

海外留学に興味を持ち始めた

会社に勤めているころにカポエイラを始めました。カポエイラを開始すると海外の人との交流がとても盛んになりました。

そこで海外に行ってみたいという気持ちがとても強くなってきました。行くだけでなく住んでみたい、と思うようになりました。

今思えば、この頃から僕の中では会社をやめることを意識し始めていました。

 

休日に対応させられるのがすごく嫌だった

サーバーの運用というのは、夜中や休日にトラブルがあると寝ていても休日を楽しんでいても対応を迫られます。常に携帯を持たされます。

新人のぼくは一番に電話に出なければいけません。口では『出れなかったら出れなくてもいいよ』と言われますが、出なかったときは嫌な顔をされるのです。(笑)

休日も仕事の電話が気になってしまうというのは、本当に嫌ですよ。一度山梨へ遊びに行っている最中にトラブルがあって対応をしたこともありました。

 

出世をすればするほど忙しそうだった。楽しそうに見えなかった

上司たちを見ていると、出世している人ほど忙しそうなんです。仕事が楽しくてやってるという人はぼくが見る限り、会う限りはいませんでした。その反面、できない社員や一度うつになって復帰した人は、一日あまりやることもなくたまに食堂で休んでいる人までいるのです。

頑張れば頑張るほど忙しくてつらいなんで最悪じゃん・・・

そう思ってしまったのです。

 

楽しいと思ったことは一度もなかった

グループの人たちは楽しくて好きでしたが、仕事が楽しいと思ったことは一度もありませんでした。仕事以外のときに仕事の勉強したときなんて一度もありませんでした。そして、休日の障害対応がものすごく嫌でした。

 

退職を意識し始めて他を探すうちに接骨院に出会う

意識し始めたころ、カポエイラで股関節を痛めたことがありました。

近所の接骨院にいっても、原因もわからずなんとなくマッサージをして電気をかけるだけ。

悩んでいたら知人の紹介で他の接骨院にいったところ、悩んでいた痛みが一回で治ったのです。目からウロコでした。

そこからぼくは接骨院の先生を目指そうと思い始めました。

 

わりと円満退社

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やめることを上司に告げてからはとても円満な退社でした。とんとん拍子で退社手続きが進んでいき、退職を告げてから2か月後に退社となりました。

 

辞めるときは『課長 → グループリーダー → 部長 → 人事部』の順で伝えました

辞めるときは課長にまず伝えました。

そこからグループリーダー、部長と面談、人事部と面談という形で進みました。

人事部ではやめたあとの手続きの話などがメインでした。すごく良い人だと思っていた人事部の人は、やめるとなった途端冷たくも感じました。

君たちにはすごく大きなコストがかかっている。3年経って一人前になってから返していきなさい。

とよく言われたのでそれもあって、人事部の人からするとコストだけかかってやめていったという悪印象だったのかもしれませんね。

 

辞める前にただ1つもめたことがありました

ぼくのグループリーダーはどうせやめるなら有給消化しちゃいなよ、と言われました。当然の権利と思い、上司に相談しました。

「2カ月働いて残り1カ月有給消化してやめさせてほしい。」と告げました。

すると、人事部に連れてかれたのです。

人事の方が「なめてるのか、お前は?」的な態度をとってきたのです。その方とても優しい方だと思ってたのですが、大間違いでした。いっぺんに嫌いになりました。

「グループの人もいいって言ってるし何が悪いんですか?」と問うと、

「人としてどうなんだ?申し訳ないと思わないのか?」と言われました。

将来、富山で開業を考えていたのでここで印象を悪くするのもよくないなと、その当時逃げ姿勢のぼくは自分の意見を取り下げて謝りました。

今思うと、苦い思い出だな~

 

退職金

退職金は富士通の人事規約を見ると書いてあります。基本的には継続年数とたしかその人のグレード、階級みたいなものから算出されます。

入社3年たらずでやめたぼくでも約一カ月分の退職金が出ました。

 

退職時

退職時は皆の前であいさつをして花束をもらって帰りました。そんなに思い入れもなかったのですが、グループの人たちや同期のこと、一部の上司のことは好きだったので少しうるっときた記憶もあります。

最後に嫌な人事部にセキュリティカードを返したときは、嫌な人事部はあっさりとお疲れ様でした、って感じでした。二度と会いたくないです。(笑)

 

退職後

2週間カリフォルニアへ旅行

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2週間その当時のカポエイラグループ(今は違います)の師匠が住むカリフォルニアへ旅行しました。カポエイラやサンバの練習、観光、とても楽しかったです。

 

寒すぎる冬の札幌に1カ月滞在

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今の奥さんが札幌に住んでいたので札幌へ1カ月居候しました。寒すぎて基本こたつの中で引きこもってました。

今思うと、ひものような生活でした。(笑)

遊びと引っ越しでぼくの退職金、貯金は底をつきました・・・

 

上京し接骨院修行が始まる

東京へ上京し専門学校へ通うと共に接骨院の修行が始まりました。

眠れない日々を過ごしました。

 

柔道整復師国家試験に合格、1年で院長就任

柔道整復師国家試験に合格して1年間さらに修行を続けました。

現在は、とある院をまかせられて院長してます。

 

退職後のぼくの年収は630万円!

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株式会社インテリジェンスが運営しているMIIDAS(ミーダス)というサービスで調べました。簡単な質問に答えるだけであなたの本当の価値がわかります。

実際は年収300万円行きません。(笑)

自分の本当の市場価値に興味がある人はこちら↓からどうぞ。


 

まとめ

以上、ぼくの富士通での退職体験記でした。就職を考えている方、転職や退職を考えている方の参考になればと思います。

おわり。

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ヨシマツタケシ

ヨシマツタケシ

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